剣道入門
「剣道」の原型となった「日本刀による剣術」は、今から約1000年も昔、平安時代中期頃に発生したと言われています。「刀」を「竹刀(しない)」に持ち替え、身体を保護する剣道防具を身に着けて行われる現在の剣道は、江戸時代後期に侍たちが剣術の修練のために始めた稽古が、やがて侍としての精神の修練としての性格を帯びるようになり、現代に伝わったものとされています。
「剣道」の世界には、まさに侍たちの魂、武士道の精神が今なお受け継がれているのです。
そういった背景から、「剣道」の世界では現在も当時の用語が日常的に使用されています。このページでは「剣道を知らない人には伝わりづらい」言葉を、剣道の道具に関することに絞ってほんの一部だけお伝えしたいと思います。
「竹刀」とは?
「竹刀(しない)」は剣道における攻防を担う、剣士に次ぐ主役です。逆にいえば、「竹刀を用いて攻防を行い、一本を競う」武道が剣道である、とも言えるかもしれません。ただし「竹刀」は剣士にとって単なる道具ではなく、単なる武器でもありません。剣道の理念には「竹刀という剣は、相手に向ける剣であると同時に自分に向けられた剣でもある」と書かれています。かつての武士、侍たちがきっとそうであったように、一流の剣士たちは「竹刀という剣」に自らの心を投影し戦うのです。
「竹刀=しない」の由来
「竹刀」は文字通り天然の竹から作られ、その語源は「撓う(しなう)」、つまり竹が柔軟性と剛性のバランスに優れ、よく”しなる”様子からだと言われています。剣術修行の延長として「竹刀」を用いた剣道が生まれたのは今から300年以上前、江戸時代中~後期のころだったと言われています。
竹刀の原料、「竹」
竹は世界中で600種とも1,200種とも言われる種類がありますが、どの竹でも「竹刀」に使えるわけではありません。現在「竹刀」作りに使われている竹は、台湾産桂竹(ケイチク)、中国産真竹(マタケ)、そして日本産真竹の3種類が主で、それぞれに特徴が異なります。一般的に、台湾桂竹が最も豊富で価格も抑えられており、普及品として多く使われている一方、日本産真竹は数が少なく、品質も非常に高いことから高価な竹刀となり、1本1万円以上になることも珍しくありません。
竹から「竹刀」へ
竹を縦に細長く割った竹片(「四つ割りのピース」という)が4枚組み合わされて1本の「竹刀」となります。更に、実際に剣道に使用するためのいくつかの付属品が取り付けられます。剣士が握る「柄」の位置には「柄革(ツカガワ)」、刀でいう切っ先にあたる逆側には「先革(サキカワ)」、「柄革」と「先革」を繋ぐ細い紐状の「弦(ツル)」、そしてちょうど相手を打突する付近には「中結(ナカユイ)」などです。また先革の内側には「先ゴム」が、左手で握る辺りには四つ割りのピースがバラバラになってしまわないよう「契(ちぎり)」という金属片が挿入されています。「柄革」「先革」そして「中結」は多くの場合牛革で作られています。
竹刀に関するルール
使用する竹刀には、安全性や競技としての公平性に配慮した様々なルールがあり、その中で使用する竹刀のサイズや重さも決められています。例えば「小学生は36(さぶろく)以下、中学生は37(さぶなな)」などです。この「36」というのは「3尺6寸」という日本古来の単位によって表現された竹刀の長さを表しているのです。また、これらのルールは「全日本剣道連盟」という全国組織によって「剣道試合・審判規則及び細則」としてまとめられています。
「剣道着」とは?
剣道をする際、上着として着用するのが「剣道着」です。ジャケットのように羽織り、ボタンではなく「内紐」と「外紐」の2組を結ぶことで着付けます。現在、最も多く見かけるのは深い紺色の剣道着でしょう。これは「藍染」という古くからの染色方法によって生み出される「藍色」に倣ったものです。「藍染(アイゾメ)」の衣を鎧の下にまとう習慣は、鎌倉時代の武士たちの間ですでに始められており、現在も最高級の剣道着はこの「藍染」で染められています。
なぜ「藍色」なのか…
「藍染」はその名の通り、「蓼藍(たであい)」という植物によって染色されます。この「藍」には消炎、解毒、止血などの効果があると言われ、戦に出る武士たちの間で重宝されました。特に濃い発色の藍色は別名「かちいろ(褐色)」と呼ばれ、この響きが「勝ち色」につながることから縁起物としても好まれるようになったと言われています。
ジャージ剣道着
剣道着はもともと、この「藍色」で染められた木綿生地に等間隔の「刺し」を施し強度や吸汗性を増した「刺し子生地」で作られていました。一方、近年ではポリエステルなどの化学繊維によって作られた「ジャージ剣道着」も非常に人気が高まっています。特に吸汗性、速乾性に優れ、柔軟で軽量な高機能ジャージ剣道着は、手入れが楽なこともあり今や確固たる地位を築いていると言っても過言ではないでしょう。
「袴」とは?
「袴姿が凛々しくてカッコイイ!」というきっかけで、剣道に興味を持つようになったという人も多いかもしれませんね。「袴(ハカマ)」は元来、日本固有の伝統的な衣類の一つで実は様々な種類があります。その中でも剣道で使用されているのは左右が分かれたいわゆるキュロットスカートのような形状の「馬乗袴(ウマノリバカマ)」。その名の通り元は馬に乗るのに適した形として生まれたものと言われています。
剣道の「袴」
剣道に使われる「袴」には、古くから木綿製の反物を藍色に染め上げた生地が使われてきました。木綿は汗をよく吸いべたつかず、藍色の成分には消炎、解毒などに加え生地自体を丈夫にする効果があると言われています。一方、藍染、綿反はいずれも手入れが難しくしかも高級であることから、近年ではポリエステル等の化学繊維を利用した「テトロン(TR)袴」や「ジャージ袴」などが人気を博しています。特にポリエステル系の化学繊維は加工によって様々な特性を持たせることが可能なのです。
袴の形状
「袴」はどうしてあんなにブカっとした構造になっているのでしょうか。袴にはある程度のコシがあり、着用しても肌に密着せず内側に空間が保たれます。例えばその状態で、竹刀による打突を受けたと想像してください。生地の持つコシと内部の空間が緩衝材となって、竹刀の勢いを吸収してくれるのがイメージできるでしょうか。生地のコシと形状で打突(侍の時代であれば斬撃!)の衝撃を絶妙に軽減してくれるのです。もしも「袴」が肌にぴったりと密着してしまっていたら、誤って打たれた時痛くて稽古どころではなくなってしまうかもしれません。また、剣道用の「袴」はくるぶしの位置まで長さがあり、下に行くほど幅が広くなる作りになっています。これは、相手と対峙したときに足の動きによって狙いを見抜かれてしまわないよう、足元を隠すための工夫だと言われています。
袴のヒダ
剣道の「袴」には5つのヒダがあります。実はこのヒダ一つ一つにもちゃんと意味があるのです。この5つのヒダは、身に着けた状態で右から順に剣道の教えにおける「五常」、すなわち「仁・義・礼・智・信」=「人間として常に守るべき5つの教え」という意味が込められています。礼儀正しい様子を表す「折り目正しい」という言葉は、実はこの袴のヒダ(折り目)が美しい、つまり「五常の教えが正しく守られている」という意味からできた言葉だといわれています。
「面」とは?
頭部、そして高校生以上から攻撃が解禁される喉を守るための剣道防具です。剣道には「面・小手・胴・突き」の4つの攻撃部位が決められていますが、その中で最も重要で、最も多用されるのが「面」への攻撃です。生きるか死ぬかの真剣勝負を繰り広げた侍たちをその源流とする剣道。多くの急所が集中し、最も狙いやすい位置にある頭部への攻撃が最重要とされたのも当然ですよね。
面布団
頭頂部から両肩にかけては「面布団」と呼ばれる平たい袋状の生地で覆われています。木綿生地に等間隔の縫い込みが施された生地の中にはクッション材となる「芯材」が込められていて、剣士の頭部を衝撃から守り、生地にコシを与えてくれます。
面金、突き垂
「面」の正面側には、顔を守る頑丈な「面金(めんがね)」と、喉と首を守る「突き垂」が備えられています。「面金」はジェラルミンやチタンといった丈夫な軽金属で作られ、縦に一本、横に12~14本の格子状。竹刀が絶対に入り込まない大きさの隙間がほぼ等間隔で並んでいますが、「物見(ものみ)」と呼ばれる一部分のみ、ほんのわずかに間隔が広く取られ、剣士の視界を確保してくれています。「突き垂」も水牛の革などを用いて頑丈に固定されていますが、喉や首への負荷を和らげるため、少しだけ奥まった位置にしつらえてあるのが特徴です。
内輪、天・地
「面」の内側には、アゴから額にかけてぐるりと一周するように巡らされた「内輪(うちわ)」と呼ばれる部分があり、額が接する部分には「天」、あごを乗せる部分には「地」と呼ばれる部分が備え付けられています。「内輪」「天」「地」は内部に柔らかなクッション材が込められており、ぴったりとしたフィット感をもたらすと同時に打たれた時の衝撃を緩和してくれる緩衝材の役目を果たしてくれています。表面が木綿製のものが一般的でしたが、直に顔と接する部分のため肌触りの良いものや吸汗性に優れたものなど、快適性を向上させるため近年は様々な素材が使用されています。
「小手」とは?
竹刀を直接操ることになる手から前腕にかけてを守ってくれるのが左右一対の「小手」です。手・拳部分に相当する「小手頭(こてがしら)」と前腕部分を保護するための「小手布団」、そしてその二つを繋ぎ手首を守る「筒(つつ)」部分からなり、「小手頭」と「筒」の間には手首の保護力を高めてくれる「生子(なまこ、けら)」と呼ばれる部位が備えられている場合もあります。
小手頭
いくつかの部位に分けられる「小手」の中でも最も重要視されるのが「小手頭」です。親指を入れる部分とそれ以外の4本の指を入れる部分とに分かれ、表面は鹿の革や人工皮革、綿生地に等間隔の縫いを入れた「織刺し」と呼ばれる布地などで覆われ、中にはクッション材が詰められています。手のひら側、つまり実際に竹刀を握る部分は「手の内」と呼ばれ、こちらはやや薄めの鹿革や人工皮革が1枚張られています。「小手頭」が固すぎれば「竹刀」をうまく操作できず、逆に柔らかすぎれば打たれた際の衝撃を十分に吸収できません。
鎖飾り(くさりかざり)
ほとんどの場合、「筒」部分には「鎖飾り」と呼ばれる装飾が飾り糸によって施されています。これらの装飾は元来見栄えをよくするためのものではなく、内部のクッション材の偏りを防いだり衝撃吸収力を高めたり、または小手そのものの強度・耐久性を高めるなどの機能性を得るための工夫としてあつらえられたものです。更にはこの「鎖飾り」のおかげで「筒」部の生地が程よくたわむようになり、手首の動かしやすさも大きく向上するのです。職人たちの知恵と技術には本当に驚かされるばかりです。
「胴」とは?
胸からお腹、そしてわき腹を守ってくれる堅牢な剣道防具です。剣道防具の中で最も目立ち、最もデザイン性に富むのが胴。例えばチームでお揃いの胴を身に着けて大会に臨んだり、オリジナリティを発揮するためデザインに凝ったりすることができる、剣道界随一のオシャレポイントでもあるのです。もちろんデザイン性だけではなく機能性も重要。「胴胸(どうむね)」と「胴台(どうだい)」の2つの部位に大きく分けられ、それぞれが重要な役割を担っています。
胴胸
「胴」の上半分、文字通り胸の部分を覆っている「胴胸」は、多くの場合固めのクッション材(芯材という)を牛革などの皮革で挟みこむように覆って作られており、「燭光(しょっこう)」や「胸飾り」と呼ばれる多種多様なデザインの装飾が施されます。この「燭光」や「胸飾り」、実は見栄えをよくするための単なる装飾ではありません。竹刀の先が胴胸に接触した際に、先が滑って喉や脇に流れてしまわないようにあしらわれたもの。ストッパーの役割を果たすために縫いこまれた立体の飾り糸が、機能性を残しつつデザイン性を帯びたものなのです。わき下にある「小胸」も同じ理由で取り付けられています。職人の思慮深さと知恵、そして遊び心が詰まったものなのです。
胴台
「胴台」は相手の「胴打ち」を受け止める部分で、お腹の前面からわき腹にかけて、人体に沿うようにカーブして覆っています。もとは竹刀と同じく竹を何枚も組み合わせ、表面に皮革を張ったり漆を塗られて作られていましたが、近年では樹脂製のものやファイバー製のものが主流となっています。この「胴台」も様々な色、デザインから選べるようになっており、剣士やチームの個性を表現するのに一役買ってくれるのです。
「垂」とは?
腰に巻き、下腹部や局部を守ってくれる剣道防具です。剣道防具の中で唯一、直接攻撃を受ける箇所ではない部分ですが、激しい稽古や試合の最中には誤って竹刀の先が向かってきたり打突がそれてしまうこともあり、そんな時に頼りになるのが「垂」なのです。腰にぐるりと巻いて装着します。多くの場合、平たい袋状になった綿生地の中に衝撃吸収性と生地のコシを担うクッション材(芯材)がまんべんなく詰められ、強度を増すための等間隔の縫い込みが施されたもので全体が形作られています。装着の際にお腹部分に沿わせることになる「腹帯」、そこから膝方向へ文字通り垂れるように配された「大垂」「小垂」の大きく3つで構成されています。
腹帯(はらおび)
「垂」を腰に巻き付けて装着する際、お腹部分に密着する部分が「腹帯」です。腹帯は左右の骨盤あたりまで延び、そこから先は「垂紐(たれひも)」を使って腰にしっかりと固定します。近年の剣道防具では、この「腹帯」部分の形状をわずかに変え、より人体にフィットするよう工夫されたものもあり、SHINBUが提供する「礼仁シリーズ」防具も独自形状を採用しています。
大垂(おおだれ)・小垂(こだれ)
お腹部分に沿わせる「腹帯」から膝方向に3枚の「大垂」、2枚の「小垂」が交互に、少しずつ重なり合うように配置されています。また、それぞれの付け根には3~7段程度の「段飾り」という装飾が施されています。この「段飾り」は、剣士の足さばきに合わせて垂が外側方向にしなやかにたわみ、下半身を守りながらも動きを邪魔しないように、との工夫から生まれたもの。こうした何気ない装飾の一つ一つにも、先人たちの驚くべき知恵や技術が隠されているのです。
(垂)名札
剣道は面を着けてしまうと顔が見えにくくなるため、誰が誰だか分からなくなってしまいがち。そこで、大垂のうち中央の1枚には、「名札」を付ける決まりになっています。「名札」は一番上に横書きで所属名、その下に縦書きで苗字を書くのが一般的です。国際大会に出場する選手は自国の国旗やローマ字表記の苗字を加えることもあります。
「手ぬぐい」とは?
剣道の「面」はヘルメットのようにすっぽりと上からかぶる形状ではなく、後頭部が解放されていて、音や熱、衝撃を逃がしやすい構造になっています。一方で、むき出しの後頭部は万が一の時に危険ですし、汗をかくとそれが「面」の内側に染み込み、不快感のもととなったり劣化を早めたりしてしまいます。そこで剣士は、「面」の下に頭頂部全体を覆うように「手ぬぐい」を巻くのです。
タオルではなく「手ぬぐい」
例えばタオルやハンカチの端は三つ折りなどになっていることが多いですが、正式な「手ぬぐい」は両端が切りっぱなしになっています。これは万が一だれかがケガをしたときに「手ぬぐい」が手元にあれば、切りっぱなしのため簡単に縦に裂くことができ、包帯の代用をできるためだといわれています。また、剣道専用の「手ぬぐい」にはしばしば稽古や試合に向けた心得、格言などが描かれています。曰く「剣心一如」、曰く「継続は力なり」などですね。これは「面」を付ける前に「手ぬぐい」を眼前に広げ、そこに書かれた心得を念頭に置いて稽古や試合に臨むべし、という教えのためなのです。